2017年2月 3日 (金)

2/3  沈黙が語る

と言うわけで「沈黙-サイレンス-」を見てきたのだが、まだ公開して間もないというのに全く話題に上がらず不安に思っていた事を裏付けるように、映画館には人がまるで居らず…ひい、ふう、両手で数えられるぐらいだ。タイトルを「神の名は」とかにしたらもっと人が集まったんだろうか…?

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 「来週辺りもう消えちゃうかもってさ」
 「マジでー?」

一足先に観賞した会社のおばちゃん曰く、良い映画だけど人気はなさそうとの事で急いで観に行く事にする。ちなみにこのおばちゃん、最近遠藤周作を読んだらしく「私が棄てた女」という渋いところから攻めてきやがった。他にオススメはあるかと聞かれたのが年末の忘年会でメジャーどころである「沈黙」を薦めたところ、その後すぐにこの映画なのだから何かしらの縁があったんだろうなぁ。

脱線ついでに最近読んでる本の話になるが、僕は毎日風呂で一時間近く本を読んでるのだが、今は北方謙三の「水滸伝」を読んでる最中だ。これがまー、長いのなんのってw

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500ページぐらいの単行本が全19巻、さらに軽く調べた感じだとこの物語は続編である「楊令伝」15巻、さらには「岳飛伝」17巻と続くらしく、やっと水滸伝の14巻に入ったとこだが軽い気持ちで手を出したことに後悔しているところだw

まあ日々の楽しみがあるという点では張り合いがあるとも言えるが、そもそもにして、三国志は好きで色々読んできたが水滸伝は名は聞いた事があるもののどういったものか全く知らなかった。かの有名なパチプロ軍団「梁山泊」の元ネタがここだったとすら知らなかったぐらいだ。

その昔、高校時代の彼女が幻想水滸伝というゲームをやってて、そこで何となく名だけは知っていたけれど、図書館でこの名を見たときにふとその事を思い出して触りだけ読んでみたら面白くてすぐに入り込んでしまった。

北方謙三の時代小説を読むのは以前書いた三国志に続き二作目だが、これだけの長編にも関わらず全くダレずに次を楽しみながら読み進めることが出来るのは凄いの一言。が、さすがにこの長さは中々人には薦めづらいものがあるw

マンガで言うとジョジョを人に薦める様な感じだろうか。違うか?いや、違わないような気もするが、僕はさすがにスティール・ボール・ラン辺りから読むのがだるくなっているしw 長編物はなかなかどうしてハードルが高い。

って、そんな事はどうでもいい。「沈黙」だ。

結論から言うと相当素晴らしい出来であった。

ほしみっつ!

細かな変更はあるものの、それはあくまで余計な贅肉を落とした程度に過ぎず、例えば日本へ赴く際に同僚の一人が病気で離脱する場面を端折ったりだの、その程度のもの。基本的にはストーリーにかなり忠実であり、また、役者の演技も素晴らしくそれに関しては原作を補って余りあるものでさえあった。AKBやジャニーズなど、無理やりねじ込んでこない辺りさすがは海外の有名実力派監督(?)だ。

特に隠れ切支丹達に行う拷問のシーンが素晴らしい。信仰に殉じた人々の悲痛がこちらまで伝わるような、そしてそれを見守ることしか出来ない司祭達の絶望が完璧に演じきられている。

サブタイトルの「サイレント」という言葉は単なる「沈黙」という主題の添え物ではないらしく、作中一切BGMは流れない。それが一層物語を、音を声を際立たせている。ここには恐らく司祭の最後に辿り着く結論をも強調する狙いがあったのだろう。

その物語の最期でただ一点、原作と違う場面が添えられている。それは監督なりの「救い」を描こうとしたのかは定かではないが、会社のおばちゃんからは「ラストが違うよ!」とだけ教えられていたのでおっかなびっくりだったが、監督が素晴らしく作品を理解し尊重し、その上で自分なりの解釈を加えたのかなと思えば悪いものではなかった。

2時間41分という大作であったにも関わらず、あっという間に時間は過ぎ去る。この長編なら薦めてもバチは当たるまいと思わせるほどに。

現在僕に特定の信仰はないが、強いて言えば確率教の信者だった時期はある…と、このまま続けても下俗な話になってしまいそうなので辞めておくがw、信仰と価値観について考えさせられる作品です。興味を持った方は是非見てちょんまげ。早めにねw

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2017年1月 5日 (木)

1/5  濃密な刻を

正月は、珍しく…というより、思えば昨年もそうだったが魚君など暇な友人らが帰ってこないため飲み会も無く…こうして段々みんな疎遠になっていくのかな~などと思いながら家族で「桃鉄」三昧。

年末に妻が初めてwiiのソフトを買ってきたと思ったらコレだった。娘は初プレイで、僕と妻はそれぞれ何年ぶりだろうか?グッドチョイスだ。これほど暇つぶしに適したゲームも無い。

 「え・・・何コレ?ゾンビ~?イレイザーボンビー???あれ?キングボンビーと戦えるメカボンビーは???」

僕に関して言えば恐らく中学生以来なのだが、変わった部分ももちろんある中、それでも変わらない安心感も確実にあって、これはもう立派に国民的ゲームだなーなんて思ったり。…と思ったら少し前には権利のゴタゴタで色々変わったようですねw今回プレイしたのは2004年発売のやつだったのでまだデザインが変わる前のものでした。


その他、映画を見たり漫画を借りてきたりと絵に描いたような寝正月を過ごしているのですが…久々に素晴らしい漫画にぶち当たったので紹介したいと思う。

と、その前に映画の話から。妻はマジかよというレベルの「君の名は」三週目に娘と行ったが、僕は天邪鬼のため、そして新海映画のあざとい表現が非常に嫌いなためどうしても見に行く気がしない。

まあそれはいいとして、一人暇になった時間に以前から気になっていた映画を借りて見ることにした。

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かの名作、神々の山嶺の実写映画である。(*今後、移転先の新ブログではこういう場所にアマゾンなり楽天なりの商品リンクを貼ってく事になると思います。賛否両論あると思いますが見苦しい宣伝一辺倒にはしないで、自分の薦めたい作品などをピンポイントで貼っていくつもりですので悪しからず('A`))

前に「エベレスト3D」という映画を見た際にちらっと触れているが、当時の記事からは大層この実写映画に期待している節が見られる。だってそうだろう、あの名作漫画にしてこの阿部寛演じる羽生丈二の風格漂う姿。

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これは期待するなと言うほうが無理があった。

が、実はこのあとしばらくして妻が一人でこの映画を見に行っている。ちょうど家族で東京小旅行に出掛けた時で、僕は娘を連れてビッグサイトで開催しているジャパンアニメエキスポへ。妻はそれには興味がないので近場の映画館で時間を潰すことになり、ちょうどそのときこの映画を観にいったのだ。

いちおう、僕が熱心に薦めたせいもあり妻は原作小説も漫画も読んでいる。その上でこの映画を見た感想を問うと、一言

 「駄作だった^^;」

 (おうおうおう!)

と、当時は思ったものだが、それを聞いてわざわざ映画館で見ることもないと思ってDVD化するのを待ってたんだよなー。そして今、ちょうど新作で貸し出しがされている。

 (さて、どんなものかね…)


・・・・・・・・・
・・・・・

・・


 ~30分後~


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・・・ひどい。この画像をサミーの機種を打ったとき以外で使う日が来ようとはwそれぐらいひどい、ひどすぎる。どうしてあの作品がこうなってしまうのだ…。

噂に聞いてはいたが見ていられなかった。

終わった後、すぐさまネットで評価を見てみると、妻の言っていた通りの酷評の嵐。2016年ワースト映画なんて書いてるところもあるぐらい酷いものであったが、全くの同感だ。映画を見ていて早送りにしたのは初めてかもしれない。

書くと長くなりそうなので要点だけ抑えるが、一言で言えば「何もかもが薄っぺらい」に尽きる。原作ではエヴェレスト登山史最大の謎と言われるマロニーのカメラの行方を追って深町は羽生を追う事になるのだが、その物語の主軸となるはずのカメラの扱いが非常に小さく、挙句には深町をして「カメラなんてどうでもいい!」と言わせる始末。故にそこから生まれる羽生と深町の関係性、信頼感も全く育まれる事なく…いつの間にか物語は佳境へ向かう。

そもそも二時間の映画の枠に収まる作品ではないのだ。それを切って削ってどうにかするのが腕なのだろうが、本作は必要なことを削りすぎて本当に何を言いたいのかわからない作品になっている。

そのくせ、名台詞や名シーンだけ無理やり取ってつけたように加えるのだが、それが却って薄っぺらさを増長させている。上に貼った羽生の「そこに山があるからじゃない、ここに俺がいるからだ」というセリフも、羽生と言う人間の過去、生き様を知って初めて心に響く非常に重大なシーンなのだが…映画では突然ポツっと出てきて度肝を抜かれる。

また、原作屈指の名シーン(と勝手に思ってるw)「深町の慟哭」。生と死が常に隣り合わせにある、一切の穢れ無き神々の山嶺─エヴェレスト─での濃密過ぎる時間を過ごした深町が、羽生丈二という生き方を知り、失い、その後ぬるま湯のような日常に耐え切れず泣き叫ぶシーンがあるのだが…

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それはバッサリ切られていた……のはまあいいよ。尺の都合もあるしね。だが、

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その後、自分の気持ちに決着をつけるために一人エヴェレストに向かう深町が山頂に辿り着かないまま羽生の屠体に出会うのはいかがなものか?原作では何とか山頂を踏むがその後荒れた天候により遭難し…そこで偶然羽生の屠体を見つけるという流れになるのだが、本作では登っている途中にサポート隊の助言も聞かずに突然のハイテンション(なぜ!?)のまま遭難し、そこで羽生の屠体を見つけ山頂を踏まぬまま下山するよう改変されている。

 (あれっ???)

途中からダルすぎて早送りしていたのだが、「あれ?山頂踏むシーンは?」と思わず巻き戻して見直してしまった。無駄な時間の上乗せだべ、許せんぜよ。


そうして羽生の屠体に出会ったあと…そこで幻聴か妄想か、羽生の声を聞きあるものを受け取り…心と身体を奮い立たせて何とか生還するのだが…

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実際に原作でも深町は羽生の声を聞いている。これは漫画的な表現と言うより、深町の妄想と捉えるほうが自然なのだが、そこに至るまでの二人の関係性があって初めて可能な心のやり取りのようなものだと思えばそこまで不自然にも見えない。なぜならこれは深町の願望とも読み取れるからだ。

……が、映画では大した関係性もない深町がやはり同様の声を聞くことになる。

けれど、やはりとってつけたような演出で違和感ばりばり。ここで深町がこの声を聞けるだけの理由がどこにも見当たらないのだ。説得力皆無のご都合演出。ややもすると、それはもう「テレパシー」のようにしか見えないわけでw

 (もう…やめてくれ(´;ω;`))

耐えられずに早送りにしたら、驚くことにこのあとすぐにエンドロールが流れ始めて慌ててまた巻き戻し。

 (どうなっとんじゃ!どんだけ俺に無駄な時間を使わせるんじゃこの映画はw)

原作ではこの後まだ続く…というより、この作品の主軸であり深町の動機でもあった「マロリーのカメラ」についての一応の決着が下されるのだ。そう、羽生の屠体から受け取ったあるものとは、カメラに入っていた「フィルム」だったのだが・・・

前述したとおり、この映画では途中からカメラなんてどうでも良いものになっているため当然そこには触れないまま、一体深町は何のために死ぬ思いまでして頑張っていたのだろうかというわけのわからん役回りで物語りは幕を閉じる。

駄作中の駄作である。映画を見てここまで時間を無駄にしたなと思ったのは高校時代に彼女と見て気まずくなった「ダンサーインザダーク」以来である。今回は原作愛が強かったため余計にそう感じた部分もあるだろうが、久々にやっちまった感があったな。

原作が好きな人には是非見て欲しいね^^そして一緒に酷評しよう。


で、漫画のほうだが…

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 ~聖 ─さとし─ ~ 天才・羽生が恐れた男  
 山本おさむ著

以前、聖の青春 (講談社文庫)という小説を薦められて名作だったと書いたことがあると思うが本作はそれの漫画版といったところか。小説よりもサイドストーリーが細かく描かれており(一部フィクションもあるそうだが)、何より山本おさむ先生の描く表情が素晴らしい。

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読んでて涙が止まらなかった。小説でも泣いたが、こっちは絵にも泣かされた感がある。それぐらい、素晴らしい。この人が書いてこそと思わせられる名作である。

ちょうど今、こちらも実写版「聖の青春」がやっているがその影響でまたこの作品が漫画化されたのかなーと思ったけれど、どうやらそうじゃなくこれは2002年ごろの作品らしい。映画化の影響でたまたま新装版が再出版されたということなのだろうか。

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こちらの実写化は大好評らしい。早く行かなきゃ。映画も原作も漫画版も、将棋好きでもそうじゃない人もぜひとも読んでもらいたい作品です!たまに思うのですが、自分が冬山登山ものや将棋、それも奨励会という鬼の住まう場所に焦点を当てた作品が好きなのは「深町の慟哭」よろしく、日常にはない何かを求めての事なのかなーと思う今日この頃。

勝負の世界に生きてきた、なんて格好良い事を言うつもりは無いが、日常は余りにも平坦で……

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2016年8月 1日 (月)

8/1  ガッドゥィラ

猫も杓子もゴジラ、ゴジラ。封切り後と言えばネットを見ててもレイディオを聞いててもゴジラが面白いという話題ばかりだったのでいい加減気になって見に行ってみる事にした。

今回のゴジラはエヴァでお馴染みの庵野監督が指揮を取ったというわけだが、ぶっちゃけそれを聞いても噂を聞くまでふーんという感じだった。「アオイホノオ」という島本和彦先生の学生時代を描いた漫画の中で庵野さんは同級生として出演しているが、天才的なアニメーターであると同時に極度の特撮マニア的なキャラとして描かれているためついにそっちの仕事が回ってきたか…程度にしか感じていなかったわけだ。

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というかエヴァ早くせえや!としか思っていなかったのだが…

 (なにこれメッチャおもしれー(゚∀゚)ーー!!!)

シン・ゴジラ、噂に違わぬ面白さでした。

そもそもゴジラシリーズにそこまで思い入れが無いのだけれど、覚えているのはモスラ劇場版を見にいった事とビオランテが怖かった事。それからメカゴジラの美しさとキングギドラの完成されたフォルム…ゴジラはそれぐらいしか見ていない。

だから今回のゴジラに違和感とかは無く、それでもこうあるべきと思っていた姿が(ry ネタバレになるから書かないが、一つだけ。ゴジラの代名詞とも言える放射熱線を物語中盤でようやく放つわけだが、溜めに溜めて出したのもあるし、その演出といい… 知っててさらに上を行かれた感覚がたまらなく興奮した(゚∀゚)!

 (マジかよ…)

その時娘は隣で眠りこけてたし、妻も途中で寝ていたそうだ。女にゃこの感動はわからんのか?!光線はきっと男のロマン。

 (それにしてもこの人巨神兵好きすぎだろ…w)

エヴァの監督が作ったゴジラ。正しくその一言に尽きる。なんなら実写版エヴァンゲリオンを名乗ってもいいぐらいだった。そして何よりこの時代を皮肉ったような内容…とにかく面白いぞ!

考察サイトもたくさん出来るぐらい、いつもの「意味があるんだか無いんだかわからん暗喩的な演出」も盛りだくさんで見終わった後も楽しめるエヴァ的な要素もたっぷり。

暇な人は今すぐGO!やはり人が面白いというものは大体面白いぜ!

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満員御礼、まどマギを抜いて興行収入歴代2位にまで昇り詰めた大人気作「ガールズ&パンツァー」の劇場版も見てみたけど正直…アニメと同じ印象だった^^;4DXとかいう最新設備の映画館で見ればまた違ったのだろうか?

やはり好みはひとそれぞれだな(´・ω・`)

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2015年11月12日 (木)

11/12  登山記念日

歳を取ると涙もろくなるというが、それは単に感受性が豊かになると言うよりは経験の蓄積による共感力の高まった、まさしく成長の集大成のようなものではないだろうか。他人の痛み、苦しみ、悲しみ、喜び。若い頃は他人事だったそれらが長年の経験によってより一層感じ入るようになったからこその結果ではあるまいか?

涙ぐむわけではないが、最近どんな映画を見ても面白く感じてしまう自分を見てふとそんな事を思った。昔はもっと文句ばっかだったような気がするんだけどな。

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 <セッション>

賞を何個も獲得しているそうなので有名所だと思うが、楽器をやってる整体の先生がおすすめするので見てみたら…大変面白かった。間をおかずに二週目に突入してじっくり見入ってしまったぐらいだ。

内容には敢えて触れないでおくが『<完璧>を求めるレッスン。二人のセッションは誰も見た事が無いクライマックスへ─』というキャッチコピーに嘘はなかったとだけ。衝撃的過ぎて吟味するために僕はすぐさまもう一周した。

 「・・・・すごかったな。もう一回見ていい?」
 「勝手にしなよ。あたしゃ寝る(´・ω・`)」

妻はこういうのはあまり好きではないらしく、専ら邦画を好む。最近見たのは「滝を見に行く」、「ソロモンの偽証」「紙の月」「キサラギ」など。僕はどちらかといえば洋画の方が好きなのだが、色眼鏡を外して付き合ってみたら思いのほかそのどれもが面白くて唸ってしまった。特にキサラギが面白かった。

その妻が週末、映画に行こうと言ってきた。

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 <エベレスト>

珍しく洋画だ。しかも、僕の好きな登山物。

僕は孤高の人やら神々の山嶺やらを読んで登山物が好きになって以来、現実の冬山登山に憧れというか、興味を抱いているのだがそれを知ってか知らずか…ええ妻やね。

って、今画像探してたら「神々の山嶺」も映画化すんのか!!!

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羽生さんが阿部寛で深町が岡田さんか。岡田さんが若干若い感じするけど羽生は結構ハマリ役やな。

この原作は小説も漫画も非常に素晴らしいのでオススメです。

僕が雪山登山物を見るたびに感じる事なんだけど、月並みだが「どうして登るのだろう」と。全ての登山物における究極のテーマになり得る疑問を物語の中に探している。

本作は実際にあった1996年のエベレスト大量遭難事件にスポットを当てている。

本編中でもやはり、登攀者でありアウトドア雑誌の編集者が隊の仲間に「なぜ山に登るのか」という質問を投げかけているが、隊員達は自分なりの理由はあるようだがそこには命を賭けてまでやるだけの説得力は感じられない。

ジョージ・マロニーは「なぜエベレストに登るのか」という質問に、"Because it is there."(そこにそれがあるから)と答えたが、一説によればインタビューがうざったかったから適当に応えたという話もあるそうね。

ちなみに先に挙げた「神々の山嶺」の中で孤高のクライマー羽生は同じ問いにこう答えている。

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 『そこに山があったからじゃない。ここにおれがいるからだ』

素晴らしい。ちゃんと羽生というキャラをわかると尚更この言葉の深さがわかる。彼は薄っぺらい動機じゃなく、文字通り存在そのものを山に賭けているのだ。

やはりこれも月並みだけど、登る人にしか、登った人にしかわからない何かがあるのだろう。

映画は本編中でも史実通り、隊員達はエベレストの頂を踏む。ただ、そこまでして登ったわりに見ていて達成感のようなものはそれほど感じられない。内に込めた感動という種類のものもあるんだろうが、切羽詰った登攀計画、天候を気にしながらのスケジュール。余韻を味わう暇も無いというのが感想だ。だからこそその一瞬のために全てを投げかけるだけの何かがどこにあるのか、不思議である。

そこに何かあるのだろうと…日常では得られないかけがえのないそこでしか見られない、人生観が変わるほどの刹那があるのだろうとは想像出来るのだが… いや、想像すら出来ない何かがあるのか。

しかしそれは何も山じゃなくたっていいような気もする。極端な話、ギャンブルだって似たような部分はある。それでも今尚多くの人が山で命を落とす。大の大人が細心の注意を払って尚、遭難する者は後を断たない。

 (どうしてそこまでして登るのだろうか)

ニュースを見るたび不思議に思う。

山は古くから信仰の対象になっていたりするけれど、山に行かないとわからない何かは本当にあるのかもしれない。心を掴んで離さない、そこでしか決して味わえない時間があるのかもしれない。

 「俺も、登山初めてみようかな」

帰り道、良い映画だったねと和気藹々と評論を述べながらのドライブ。たった今、たくさんの遭難者を出した映画を見てきたばかりでアレだが、それ以上にそこにある何かに心惹かれる。僕は思った事を正直に口に出してみた。すかさず妻がこう返す。

 「冬山が、いいよ!」

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2012年11月24日 (土)

11/24  「Q」で悟ったシンの自由

“生殺与奪権は我にあり”と、ここまで大げさな話をする訳ではないけれど「自由」。自由について、今日は話したいと思う。

『エヴァQを観に行かない快感』が病みつきになりそうだ。

本当は今すぐにでも観に行きたいのだけれど、その上で「敢えて」観に行かないこの行為。精神的自由とでも言おうか… 「俺、本当はいつでも行けるんだぜ!?」と、こう思うととても幸せな気持ちになる。家から徒歩五分の位置に映画館があるのもまた心理的にいい具合に作用しているのだろうな。心から待ち望んだエヴァの最新作というのも大きいと思う。

行きたいけど行けない、日常においてこの場面はたくさんあるし、その都度皆苦々しい思いをしてきたとは思うが、考えてみれば逆のこの圧倒的自由な立場…つまり、「行けるけど敢えて行かない」を意識する場面はあまりない。それはなぜなら、みんな「行けるなら行く」からだろう。当然のように思えるこの行為だけに、これまで気が付かなかったのも無理は無い。

「したい事をする」というのはまさに自由の象徴のような行為ではあるが、逆に「したい事をしない」というのもまた一つの自由の形であると今更ながらに気づかされた。いや、したい事をするのは抑圧よりの反動─例えばそれはダイエット後の暴飲暴食であったり、オナ禁後のTENGAであったりと、外的要因も絡んでくる事があろうが、したい事をしないという行為。これは真に自らの意思のみで行う究極の自由ではなかろうかと。

本当はこんな大それた事を言うつもりではなかったのだが、考えてみればみるほど崇高な行いに思えてくるのだ。

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見て来ましたエヴァQ  \ ( ^o^ )/!

余裕ぶっこいていたら公開期間が12/7までと案外短い事がわかりまして(うちの近所の話ね)、慌ててGOGOGO!行かない自由とは裏返せばいつでも行ける暇の上に成り立つ(キリッ!!

ちなみに同居魚の魚君は公開翌日にはもう行ったのだけど、帰ってくるなり「くどい」「後半は寝てた」と散々な始末。

しかしそれは何も魚君に限った話ではなく、某掲示板にポツリと書き込まれる感想も似たようなものばかり。無論絶賛している人もいるのだが、こうまで酷評が多いエヴァというのは過去例にあっただろうか?

 「期待しすぎてたわ」

ミーハー代表の魚君にこうまで言わしめる最新作とは如何様なものか!?そういう期待感も込みで突撃ラブハート。公開翌週の週末、十九時からという最高の条件を整えた映画館は…

 (あれ?満員も覚悟してたのに)

なんとガラガラ!?三十人もいないではありませんか。なぜか僕の列には誰一人座らないという貸切状態で見るエヴァというのもまたよろしいものですが、なんともまあ肩透かしを食らった気分。もっとこう、苦労して苦労した挙句に立ち見でも何でもいいから見たかった。呆気ないという言葉も変だが、この気持ち…贅沢だろうか?

 (しかし“破”からもう三年かぁ…)

当時住んでた町を思い出してノスタルジックな想いに浸る。って、最初の映画版(E.O.E)からは実に十四年も経っているらしい。魂のルフランをBGMに舞い降りてきた白ウナギ達に鳥肌を立てたのがもう十四年も前なんて、とても信じられません。

 (…え?ここでおわ・・り?)

映画の感想については多くは語りませんが、やはり僕も今回に限っては酷評側の一人に回らせて頂きたいかなと。エフェクトばっかり綺麗になっても、肝心の内容が… 誰かが「コレジャナイ感がすごい!」と書き込んでいたけれど、全くその通りだと思う。必ずしもファンの望んだ形にする必要はないというのは当然だけれど、それにしてももうやればやるほど物語が薄っぺらくなってく気がして仕方が無い。そりゃ面白くないと言ったら嘘になるが、それは前作までの出涸らしであり、単なる引き延ばしであり、そこに新たな感動はほとんど無い。「期待しすぎ」という言葉もその通りだとは思うが、それにしたって期待するなという方が無理がある。エヴァはそれだけの作品であり、また、その上で再映画化したからには…と誰もが思ってしまうのは当然の事だろう。しかし、今後恐らくはファンが納得の行く締め方は出来ないのだろうなと、そう思わされてしまったのが今回のQであった。或いは時間がハードルを上げすぎたのかもしれない。

それでもここまで言っておいて何だが、僕はその後「エヴァQ考察スレ」に張り付いている。心のどこかでまだ期待しているのだろう。そしてそれはほぼ全てのファンに言える事だと思う。やはりエヴァはそれだけの作品なのだ。期待せずにはいられない。

再・再映画化とか言っても怒らないから… 頼むよ、シンジ君だけじゃなく、ファンのみんなも幸せにしておくれ(´;ω;`)

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2010年8月 1日 (日)

8/1  ジブリングSATURDAY

借りぐらしのアリエッティ。

 「ジブリの最新作をすかさずチェックしにくる殿方ってステキ。抱いて!」

こうなる事を目論んで見に行ってきたのですが、おいおい。客の少なさに驚いた。半分も入っちゃいないじゃないか!封切り間もない土曜の昼下がりだというのにこの客入りは不味かろうと、思わず心配になってしまう。

ここのところ監督が代わっただか何だかで見る気がしなくなったとはよく聞く話だが、それでもジブリ神話は絶対だと思ってた。チケット売り場、僕の前に並んでいたロリコンっぽい男性二人組は間違いなくアリエッティ狙いだろうと見ていたのだが、「ナルト二枚!」と聞いた時は耳を疑ったものだ。ロリにまで見放されたのかアリエッティ。よく見ると周りは家族連ればかり。

 (ポニョの気味悪さが祟ったのかな?)

かくして僕はそんな偏見の目で本編を見始める事となるのだが…

 (なんだ、面白いじゃん)

随所に物足りなさというか説明不足感のようなものは感じたものの、当然押さえるべきポイントはきっちり押さえていたと思うし、そこらへんは腐ってもジブリ。安心感すらある。

 (世間の評価はどうなんだろう?)

僕は映画が終わった後も館内に残り、去り際に残されていく他人の一言評論を聞くのが好きなんですが、今回後ろにいたカップルはこう言っていた。

 「なんかモヤモヤする終わり方だね」
 「うん。そもそもなんでアリエッティなんだろ。」
 「えっ?そこから?」

こういうとき女性はストレートな疑問をぶつける場合が多く彼氏が応対に困るのをよく目にするのだが、いや、今回のはなかなか秀逸なツッコミだったと思う。

全体的に暗めの話だったように思えるけど、映画館から出た人々の何とも言えないスッキリしない顔が印象的だった。

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